十干
天をあらわす10種類の干(天干)
甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸
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十二支
地をあらわす12種類の支(地支)
子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥
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干支はそれぞれ、陰陽・五行(木・火・土・金・水)に属します。
以下のとおり、10種類の干と12種類の支の組み合わせにより全部で60種類あります。
番号 | 干支 | 音読み | 訓読み | 番号 | 干支 | 音読み | 訓読み |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 甲子 | かっし | きのえね | 31 | 甲午 | こうご | きのえうま |
2 | 乙丑 | いっちゅう | きのとうし | 32 | 乙未 | いつび | きのとひつじ |
3 | 丙寅 | へいいん | ひのえとら | 33 | 丙申 | へいしん | ひのえさる |
4 | 丁卯 | ていぼう | ひのとう | 34 | 丁酉 | ていゆう | ひのととり |
5 | 戊辰 | ぼしん | つちのえたつ | 35 | 戊戌 | ぼじゅつ | つちのえいぬ |
6 | 己巳 | きし | つちのとみ | 36 | 己亥 | きがい | つちのとい |
7 | 庚午 | こうご | かのえうま | 37 | 庚子 | こうし | かのえね |
8 | 辛未 | しんび | かのとひつじ | 38 | 辛丑 | しんちゅう | かのとうし |
9 | 壬申 | じんしん | みずのえさる | 39 | 壬寅 | じんいん | みずのえとら |
10 | 癸酉 | きゆう | みずのととり | 40 | 癸卯 | きぼう | みずのとう |
11 | 甲戌 | こうじゅつ | きのえいぬ | 41 | 甲辰 | こうしん | きのえたつ |
12 | 乙亥 | いつがい | きのとい | 42 | 乙巳 | いつし | きのとみ |
13 | 丙子 | へいし | ひのえね | 43 | 丙午 | へいご | ひのえうま |
14 | 丁丑 | ていちゅう | ひのとうし | 44 | 丁未 | ていび | ひのとひつじ |
15 | 戊寅 | ぼいん | つちのえとら | 45 | 戊申 | ぼしん | つちのえさる |
16 | 己卯 | きぼう | つちのとう | 46 | 己酉 | きゆう | つちのととり |
17 | 庚辰 | こうしん | かのえたつ | 47 | 庚戌 | こうじゅつ | かのえいぬ |
18 | 辛巳 | しんし | かのとみ | 48 | 辛亥 | しんがい | かのとい |
19 | 壬午 | じんご | みずのえうま | 49 | 壬子 | じんし | みずのえね |
20 | 癸未 | きび | みずのとひつじ | 50 | 癸丑 | きちゅう | みずのとうし |
21 | 甲申 | こうしん | きのえさる | 51 | 甲寅 | こういん | きのえとら |
22 | 乙酉 | いつゆう | きのととり | 52 | 乙卯 | いつぼう | きのとう |
23 | 丙戌 | へいじゅつ | ひのえいぬ | 53 | 丙辰 | へいしん | ひのえたつ |
24 | 丁亥 | ていがい | ひのとい | 54 | 丁巳 | ていし | ひのとみ |
25 | 戊子 | ぼし | つちのえね | 55 | 戊午 | ぼご | つちのえうま |
26 | 己丑 | きちゅう | つちのとうし | 56 | 己未 | きび | つちのとひつじ |
27 | 庚寅 | こういん | かのえとら | 57 | 庚申 | こうしん | かのえさる |
28 | 辛卯 | しんぼう | かのとう | 58 | 辛酉 | しんゆう | かのととり |
29 | 壬辰 | じんしん | みずのえたつ | 59 | 壬戌 | じんじゅつ | みずのえいぬ |
30 | 癸巳 | きし | みずのとみ | 60 | 癸亥 | きがい | みずのとい |
[出典:https://www.ndl.go.jp/koyomi/chapter3/s1.html]
干支は幹枝の略字・仮借文字(かしゃくもじ)
干は象形文字(しょうけいもじ)であり、二股に分かれた棒を描いたもの。

甲骨文字

金文

篆文
支は「竹の枝+又(手)」で、手に一本のえだを持つさまを示す会意文字(かいいもじ)。
干(みき)に対して支(えだ)と名づけたもの。

篆文
※解釈は説文解字(せつもんかいじ)による:後漢の許慎(きょしん)の著で中国に現存する最古の字書。小篆(しょうてん)の字体によって約一万字の文字の形・音・義を説いたもの。
『史記』にいうところの殷墟(河南省安陽市小屯村)からおびただしい数の甲骨片が発見され、甲骨文字の中に干支が刻まれたものをみることができることから、干支の出現はかなり古いものと推測できます。甲骨文字とは、殷代の後期(BC1,550~1,050)、王朝における占いに用いられた文字のこと。
当時は、行動のすべてが王を中心とする貞人(占って神意を正す人)による占い儀式の結果によって決定されていました。
水牛の肩胛骨や、亀の腹甲の裏面を火で熱し、そこに現れたひびの様子によって吉凶を占っていました。その記録を亀版、牛版上に刻文として刻み朱を施し、刻文は聖化され神意が実現するものと考えられていたのです。
しかし、本来干支というものは占いとは直接の関係がありません。
甲骨文字の干支の使われ方は、たとえば日にちをあらわすものでした。
もともと干と支はそれぞれ独立していたもので、序数としての意味を持っていたのです。
後に、陰陽・五行思想と結びついて、占術理論として体系化されたのは戦国時代(BC403~221)からだといわれています。
安岡正篤先生による干支の講義
本来の干支は占いではなく、易の俗語でもない。
それは、生命あるいはエネルギーの発生・成長・収蔵の循環過程を分類、約説した経験哲学ともいうべきものである。即ち「干」の方は、もっばら生命・エネルギーの内外対応の原理、つまりchallenge(チャレンジ)に対するresponse(レスポンス)の原理十種類に分類したものであり、
「支」の方は、生命・細胞の分裂から次第に生体を組織・構成して成長し、やがて老衰して、ご破算になって、また元の細胞・核に還る――これを十二の範疇に分けたものである。干支は、この干と支を組み合わせてできる六十の範疇に従って、時局の意義ならびに、これに対処する自覚や覚悟というものを、幾千年の歴史と体験に徴(ちょう)して帰納的に解明・啓示したものである。[安岡正篤]
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