真理は既に自分の中にある
余計な知識を捨て固定観念を外す
言葉は真理はそのものではないということから思考を広げていくと、真理は言葉では表現できないということになります。
真理を会得した人がいくら言葉で語っても、それを受ける人が素直で純粋な心持ちでなければ伝わらないし、真理を会得した!と思い込んでいる人の語る言葉が必ずしも真理を指し示しているとも限りません。
素直な純粋な心持ちで真理を語る人の話を聞けば、それが本当の真理(表現はおかしいですが……言わんとすることを御理解ください)であれば、グッと胸に迫り心に染み入るでしょう。そうでなければ、何も心に響くことはないでしょう。
偽りの真理を語る人の言葉に感動し、それを真理だと思い込む人は、偽りの真理を語る人と似たような心持ちを持っているということでもあります。
『類は友を以て集まる』わけです。
ですから、哲学するときは懐疑や批判というところから入っていってもいいかもしれませんが、宗教者とか信者とかスピリチュアルな人とか、精神世界の先生とかが語る言葉が真理かどうかを知るには、批判や否定の心でなく、純粋で素直な心持ちで聞けば(読めば)自ずとわかるものです。
なぜかというと、真理はもう自分の中にあるからです。
すでに自分の中にある真理と共鳴するからです。
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