天山遯(退避、隠遁/撤退・ロスカット・解脱)
物不可以久居其所。故受之以遯。遯者退也。
物は以て久しくその所に居るべからず。故にこれを受くるに遯を以てす。遯とは退くなり。
物事はいつまでも久しくその所に止まることはできない。
遯は、隠遁する、逃れ、退き避けるという意味。また豚と通ずる。豚は逃げ足の早い動物である。
物事が発展する頂点に達した時、その時に衰退する微かな兆しが生ずる。
それはまだ微小であって、大きな勢力ではないが、やがてはっきりとした形をとるようになる。
遯竄:逃げ隠れること。運が衰えている時、立場に恵まれていない時、どんなに正論を説いても通らない。
宋の大学者、朱熹が天子の侍講であったころ、権臣:韓侂冑の専横を弾劾する上奏文を提出しようとしたことがある。それを知った弟子たちが、師の危険を恐れて諫止したが、聞き入れられず、ついに占筮によって決することにした。そのとき得たのが、この遯の卦である。
朱熹は黙って退き、上奏文を焼き捨ててそれ以後隠遁したという。
遯の卦は遯れてこそ道が開ける。運気が衰えて、時流われに味方せず―こういうときには、さっさと退くことが最上の道である。
retirement:引退/retreat:退却/withdrawal:撤退
三十六計逃げるにしかず。
今はただ雑念を払い力量の充電に努めるべし。
定年退職のとき、永年やってきた事業や商売を止めねばならぬとき、又子供に家督をゆずるときなど、職を離れたり、或ることから身を退いたりするときである。
低運ムードの時だから何事も消極的ににいかねばならず、絶対に我欲を出したり、強硬な姿勢で進んだりすることはいけない。
無理に進めば一敗地にまみれること火を見るよりも明らかである。
人間引き際が肝心とも云われるが、未練たらしくならぬよう、また卑屈にもならぬよう、いさぎよくさっぱりした態度で終幕を飾りたいものだ。
しかし、老後のささやかなことや、生活の為の転職、また最小限必要な身の振り方は許される範囲内で進んでよいだろう。
要するに、天運利あらず、ここは一旦退くのが正しい形態と見るべきである。
[嶋謙州]
咸と恆は結びの卦でありますが、天山遯は解脱の卦であります。ところが人間には、結びがあればそこに解脱というものがなければなりません。つまり男女、夫婦は結合だけではいけない。どこかに解脱するところ、超越するところがなければなりません。
遯という字は普通は「のがれる」という意味に解釈します。もちろんそれも一つの意味ですが、この遯は非常に深い意味がありまして、消極的な意味ではありません。だから解脱と訳すの一番よいと思います。
遯の卦も互卦は天風姤であります。
古来から雅号に遯の字をつけた人が多い。たとえば朱晦庵―朱子が遯翁と号しております。
日本でも徳川時代の初期に宇都宮遯庵という人がありますが、非常な大学者で、立派な人でありました。
政治家や、実業家などが、日曜になると、朝早く起きて、わざわざ遠い所まで行ってゴルフをやる。これもやはり遯のひとつです。つまりひとつの解脱であります。
易は創造―クリエーションの道であり、理論であり、学問でありますから、どこまでも積極的でなければならない。
遯も消極的な隠遯でなく解脱であります。
[安岡正篤]
遯。亨。小利貞。
遯は、亨る。小貞しきに利あり。
彖曰。遯亨。遯而亨也。剛。當位而應。與時行也。小利貞。浸而長也。遯之時義大矣哉。
彖に曰く、遯は亨る、遯いて亨るなり。剛位に当って応ず。時と行くなり。小貞しきに利あり、浸くにして長ずるなり。遯の時義大いなる哉。
象曰。天下有山遯。君子以遠小人。不惡而嚴。
象に曰く、天の下に山あるは遯なり。君子以て小人を遠ざく、悪まずして厳なり。
初六。遯尾。厲。勿用有攸往。
象曰。遯尾之厲。不往何災也.
初六は、遯尾、厲し。用て往くところあるなかれ。
象に曰く、遯尾の厲き、往かずんば何の災いかあらん。
六二。執之用黄牛之革。莫之勝說。
象曰。執用黄牛。固志也。
六二は、これを執うるに黄牛の革を用てす。これを説くに勝うる莫し。
象に曰く、執うるに黄牛を用てするは、志しを固くするなり。
九三。係遯。有疾厲。畜臣妾吉。
象曰。係遯之厲。有疾憊也。畜臣妾吉。不可大事也。
九三は、係遯す。疾あり厲し。臣妾を畜うときは吉。
象に曰く、係遯の厲き、疾あって憊しむなり。臣妾を畜うには吉、大事には可なず。
九四。好遯。君子吉。小人否。
象曰。君子好遯。小人否也。
九四は、好遯す。
象に曰く、君子は好遯するも、小人はしからざるなり。
九五。嘉遯。貞吉。
象曰。嘉遯貞吉。以正志也。
九五は、嘉遯す。貞しければ吉。
象に曰く、嘉遯貞吉なるは、志しを正しくするを以てなり。
上九。肥遯。无不利。
象曰。肥遯无不利。无所疑也。
上九は、肥遯す。利あらざるなし。
象に曰く、肥遯利あらざるなきは、疑うところなければなり。
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